大学院卒ニート、しやわせになりたい。

働かないで、アフィリエイトとか、ユーチューバーで幸せになりたいです。

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小説・何でも修理してくれる3Dプリンタ~ダン・シャーリーからの素敵な贈り物3。

ほとんどの道具は生物の肉体の延長線上にある。ナイフは、爪や牙を強化したものでる。トンカチは肉体の硬質化と言えるし、ノコギリも……甲殻類などにはギザギザがある。様々な道具がある中で、ただ一つの例外は車輪だと言う。車輪を持つ生物はいない。車海老も、車輪は持っていない。

そんなことを目の前にいる、足がミニ四駆のタイヤ・ホイールとなったネズミを見ながら思い出した。私が黙って見つめていると、ミニ四駆ネズミは、モーター音とともに逃げていき、夜の闇に消えた。


股ボール一本で食っていこうと決めた頃に、父親が死んだことを知った。本当は、葬式にも出るつもりはなかったのだけど、母親に懇願されたことと、私の中で何かが過ぎ去ったのか、葬式には出ることにした。兄とも話すつもりはなかったのだが、家族としての最低限の愛想と、そして、遺産相続に不利にならないように話し合いをした。

生前の父親との関係は悪かった。兄との関係も最悪だった。山の上に借りた仕事場に籠もり、実家とも連絡をとらず、親戚付き合いもせず、父の死に立ち会えなかったわけだが、後悔はない。死んだ父も、父の兄(私から見て、私と父の兄の続柄は何だったっけ)とは関係が断絶しており、私の兄との関係も近年修復していたようだったが、結局、絶望的な対立に至ったという話は、母親から聞いていた。呪われている、私も含めて一族の人間は性格が悪すぎる……という内容を酔った勢いで話したが、母親は何も言わなかった。

知らない間に死んだ父の死体を、葬式で、棺桶の中で見ると、頭は全く白髪になっており、顔も、こんな顔だったか……と思った。死んだ後の顔だというのを差っ引いても。悲しくも、嬉しくもなかった。経済的に自立するのに他の人よりも、随分と時間がかかった気がするが、股ボールで食っていく覚悟は決まった。遺産相続の話もしたから、兄と話すこともないだろう。

家族とのいざこざなどは、ブログに書いたりしていた。特にバズることはなかったのだけど、書くことで心は救われていた。最近は、仕事のこと、股ボールや、股ボール3D、握り棒、股間キーパーなどの構想とか、製作課程などの記事を書くことが多く、過去に書いていた負のエントリは、どんどんと埋もれていった。それでいい。


会社を辞めてから、無職をしていた時間も長いのだけど、ちょっとした縁で物作りの世界に入った。そこで、様々な仕事をしながら、アイデアを形にする喜びを知った。アルバイトを続けながら、ちょっとした工作をメルカリで売ったり、You Tubeに動画をアップしていたりした。当初は注目はなかったのだけど、股ボールがバズった。手作業で作って、作れた分だけメルカリで販売していたのだけど、問い合わせが多くなり、当時の仕事仲間にも手伝ってもらって数をこなしていた。

大きな収入になった訳じゃあないけど、アルバイト先の仕事場を間借りするのも限界になってきたので、独立……というと大げさだけど、自分でも仕事場を構えることにした。また、「股ボールで食ってく」と見栄を張ってみたけど、実際は、アルバイトの仕事も請け負ったりしている。

山の上に借りた仕事場は、共同作業所というか、大きな敷地を区割りする形でプレハブなどが立っている。同じ敷地内に大工とか、内装屋とか、いろいろな業種が入っていて、共同のゴミ捨て場があったりする。そこでは、木材などの廃材が無料で無限に手に入るし、壊れた機械とか、鉄くずなんかも手に入る。

廃棄される木材で、植木鉢乗せるヤツを作ったり、壊れた機械を分解して、モーターを取り出したり、鉄くずにわけたりして、小遣い稼ぎをしている。また、股ボールはプラスチック樹脂で作るのだけど、捨てられたプラスチック製品などは、ハンマーでバキバキに砕いて、樹脂に混ぜて使っている。増量材のような使い方だ。樹脂で固めてしまえば、内側は何が詰まっていても問題ないわけだ。

プラ製品を砕くのも省力化するために、鉄パイプを組んで、テコの原理で簡単に振り下ろせる餅つき機みたいなものを作った。まあ、買えば増量材は売っているのだけど、趣味みたいなものだ。なんでもかんでも粉々にして、混ぜてくっつけたい……というような願望がある。

その願望はかなっているのだけど、どうせなら、電化製品の修理とかできたらな……とか思う。死んだ父親はメカに強かった。子どもの頃は、なんでもかんでも分解したし、簡単な家電は自分で修理していたらしい。絵に描いたような理系人間だった。子どもの心が分からなかったのも、理系人間だったからかもしれない。

私は、父親のような家電を修理するような才能はなかった。電気とかも全く分からないし、資格試験なども「ガラス棒を毛皮で磨く」とか問題文に出てくる謎の行動が気になって、静電気とかの範囲で挫折していた。共同ゴミ置き場で、動かなくなったグラインダーなどの電動工具を拾うたびに「自分で修理できたらな」とか思う。モーターを取り出した後、プラスチックのボディなどはバキバキに砕く。


そんな風に考えていたのだが、ある朝、ダン・シャーリーという神様から大型機械が送られてきた。配送屋の運ちゃんも、それがまるで当たり前のように持ってきた。神からのプレゼントで、それは3Dプリンタのようだった。

説明書などはなくて、風呂桶くらいの蓋つきの容器と操作部分と材料を入れるタンク、電源部分で構成されていた。電源部分には、水を注ぐタンクがあり、電力は水から得るらしい。水を入れてみると、湯気がでることもなく、排水もされないから、水を100%電気に変えているらしい。さすが、神のプレゼント。驚くぐらいにエコだ。

操作部分には「材料」と「修理」と2つのボタンがある。風呂桶のような大きさの容器に、鉄くずとか、壊れた機械などを入れて「材料」ボタンを押すと、中に入れたモノが粉々に分解されて材料タンクに入る。ざっくりと言うと、プラの樹脂と金属材料に別れているようだ。

「修理」のボタンを押すと、壊れた機械類などを修理することができるのだが、これがなかなか難しかった。材料が足りない時は、警告ブザーがなり、修理が始まらない。モーターを含むインパクトドライバーなどを修理する時に、銅材料が足りないと修理が始まらない。

最初はなんでもかんでも放り込んで材料ボタンを押していたのだけど、結局、鉄やプラスチック樹脂の材料タンクが満タンになるけど、銅や銀、金などは不足しがちだった。材料ボタンを長押しすると、満タンになった材料を単体で排出される。鉄やアルミなどはインゴットとして出てきたので、くず鉄屋に売りに行った。プラスチックなどは、粉状になり出てきたので、股ボールを作るときの増量材として利用している。

修理に関しては、色々と試してみてコツが分かってきた。一番てっとり早いのは、同じ種類のモノを複数用意することだった。例えば、削ったり、磨いたり、切断するグラインダーだったら、故障したグラインダーを2、3個用意して風呂桶に入れて、修理ボタンを押せば、修理済のグラインダーが2、3個出てくる。詳しい構造などは分からないけど、故障を3個入れたら修理済が2個だけ出てきたりもした。何かが足りない結果なのか、あるいは、「修理」というのは、もっと概念的なモノなのかもしれない。

わけのわからない例えかもしれないが、老人を5人合体させても、若者が5人出てくることはないだろう。使い古した結果、壊れた電動工具を新品に戻すには、時間の概念なども関係しているのかもしれない。あと、注意しないといけないのは、違う種類の機械を一度に風呂桶に入れると、機能が混ざることがあった。

一度、インパクトドライバーを修理するつもりが、グラインダーが混じっていて、結果として、ネジを打ち込みながら、同時に金属などを切断もできる謎の工具が完成してしまった。珍しいので残してあるのだけど、どちらの用途で使っても危険なので使いようがない。

とにかく、電動工具をゴミ捨て場で拾ったり、不要になった工具を引き取ったり、リサイクルセンターなどで安いジャンク品をみつけたりすると、3Dプリンタで修理して、使えるようになったらメルカリとかヤフオクに出品した。これがけっこう良い収入になる。やはり、股ボール一本で食っているとは言えないな。

でも、3Dプリンタが届いたことで収入は安定するようになった。鉄やアルミのインゴットは良い値段になるし、修理した工具も売れる。股ボールの材料費も安くなった。また、工具以外にも、リサイクルセンターで売っている玩具なども修理してみた。ミニ四駆など構造が単純なモノは修理は簡単で、メルカリでそこそこ売れた。予想外すぎる失敗もあったのだけど。

たまに、意味不明な機械ができあがることがあるのだけど、それは、最近、共同作業所に出入りするようになった、何でも買い取ってくれるセールスマンが買ってくれた。

その生活も安定してきた頃に、TV番組の「月曜から夜ふかし」で私のYou Tubeチャンネルが紹介された。いわゆるバズるという状態なのだが、股ボールの注文も増えた。司会者のマツコ・デラックスさんが、私の股ボールをスタジオで使ってくれて、「これ、すごいわ……」と言ってくれた。同じく司会者の村上なんとかさんが、「ほんまか~?……アリやな、これ」とコテコテの大阪弁で言ってくれた。

「新しいのができたら、また送って」とテレビを通じて言われたので、かねてから構想していた股ボールProを完成させて、番組に送ったところ、さらにバズった。バズった中で、私の過去動画とか、過去のブログ記事などが発掘されて、コロナ第64波の影響で倒産しかかかっていた、かつて私が勤めた会社に追い打ちをかけた。ブログで、会社の愚痴を書いていたからだ。ブラック企業という言葉も一般化する前だったけど。

ともあれ、急に忙しくなった。3Dプリンタを使った工具修理も滞っている。趣味で林業をやっている大家さんから預かったチェンソーは、同じ物が数が集まらないから、なかなか修理できないでいた。ブログや、動画への反響は、ある程度無視しつつ、股ボールや握り棒、股間キーパーの量産するために、仕事場の拡張を考えている。大家さんと相談してると、「電ノコどうなった?」と聞かれる。はやく修理したいとは、思っているのだが、申し訳ない。

いよいよ忙しくなった頃、兄から連絡があった。ブログやYou Tubeでメールアドレスを知ったらしい。TVなどで紹介されたから、何か釘でも刺そうと思ったのだろうか。あるいは、金の無心であろうか。コロナの影響で、兄の事業も上手く行ってないのかもしれない。忙しいこともあるし、「短時間であるなら」と返信した。金は貸すつもりはないけど、むしろ、貸してやった方が屈辱的であろうか。


……ずっと脳に焼き付いている光景がある。子どもの頃、誰かは忘れたけど、友達と一緒に、兄の悪口を言いまくったことがある。そのまま、玄関から逃げ出して、さらにドアごしに「バカ~!アホ~!」と連呼した。しばらくして、兄が玄関から出てこないから、一人でこっそりと家に戻ると、兄は引き戸の裏に、硬く丸めた新聞紙を握り持ち、待ち伏せをしていて、私を滅多打ちした。痛みよりも、恐怖が焼き付いている。最初の一撃を振り下ろす、怒り、あるいは笑いに満ちた表情が、ずっと記憶とともに焼き付いている。

……あれは、実は過去の出来事じゃなくて、未来予知だったのじゃないかと思った。兄が私の仕事場にやってきて、私が自分の仕事場の椅子に座ろうとした後、ほんの少しの間に、私は絶命したらしい。

……ここからは、想像なのだが。人目を気にしたのか、もともと、そういう計画だったのか、なんらかの方法で私の身体は切断され、ちょうど死体を隠すには適したサイズと思われたダン・シャーリーの3Dプリンタに、バラバラにされた私は押し込まれた。そこには、大家さんから修理を依頼されていたチェンソーや、その他の電動工具が入っていた。修理の目処がたたないから、最近は、不要な工具の物入れに使っていた。

……兄が去った後、私の仕事場に入ってきたのは、足のかわりにタイヤ・ホイールが備わっている、あのネズミだった。何かの偶然だと思うけど、3Dプリンタのボタンを押してくれた。2分の1の確率を突破して、正解のボタンを押してくれた。

風呂桶の中で、意識が覚醒した。最初に、脳に焼き付いていた、あの光景がフラッシュバックして、その後に、激情が私を支配した。

憎い!憎い!憎い!憎い!憎い!憎い!憎い!
許さん!許さん!許さん!許さん!許さん!許さん!
殺す!殺す!殺すッ!!!

胸から出た、スターターロープを勢いよく引くと、私の身体は、その機能を延長させた形で強化された。ドゥルンと激しいエンジン音とともに、仕事場のドアを切り裂いた。

何をもたついていたのか、もはや分からないが、兄の乗る箱のような安っぽい車は、まだ、来客用駐車場に止まっていた。

殺意に頭が焼かれる一方で、頭の端っこで明日からのことを考えていた。仕事場に現れるセールスマンのことを思い出していた。流石に、買い取ってくれないよな。股ボールで上向きかけた私の人生も、ここで終わりなのかもしれない。

明日からの生活を憂う気持ちも、湧き上がる感情に上書きされ、箱のような車から発する光りをめがけて、地面を削りながら、駆けた。足はタイヤ・ホイールじゃない、工具にミニ四駆が混じってなくて良かった。回転する刃が箱車を裂き、夜の闇に、火花が散った。鉄が紙のようだと思った。

股ボール制作動画。

www.youtube.com