憎しみの回路ってあると思います。どの感情を使うか?なのですが、憎めば憎むほど、憎むことが特異になり、そこで使われるのは、憎しみの回路かな?と。
間違えた。得意か。
神社を参拝して憎しみを晴らしたい、そんな風に思ったのかも知れません。
自分が救われたい。でも、そんな風に考えていたのかも知れません。
お賽銭は1円。
家に帰って気付くのは、あの敵に憎まれるまでに、私は、分散的に憎しみを発散してきたことを考えると、それらが集約して、あの敵が私にぶつけてきたのかな?とも思えます。
しかしながら、憎いのは憎いのです。実名、匿名の話題がありますが、世のブロガーさんは、どのようにDis、ヘイト、敵などと対峙しているのだろう。
スルーかな、やっぱり。