保守新一Vol.2「総理大臣に逆らうヤツは国策捜査します」

保守新一Vol.2。

第98代総理大臣であるエイ氏は、またしても執務室で昼食が届くのを待っていた。近隣国家との緊張関係も、米国との関係の強化や、国難突破解散により、良い方向に向かうであろう。

エイ氏の腹心の友であるケイ理事長が特区に申請していた獣医学部も、危なげなく認可が申請されるそうだ。エイ氏とケイ理事長は、ジェイ党が野党であった頃よりも前から懇意にしていたし、今でもゴルフをやったり、居酒屋にいったり、支払いはそれぞれがもったり、時には割り勘をするような仲である。まさに腹心の友と言える存在同士であったが、エイ氏は、ケイ理事長が獣医学部を特区に申請していることは、国会で野党が騒ぎ出すまで、本当に知らなかった。本当です。

総理大臣も決定権を持つ特区の申請であるが、エイ氏は、総理大臣としての仕事に奔走し、特区に申請された書類に全てを目を通しているわけではなく、委員会で議論された決定候補に関して目を通すぐらいである。そのため、エイ氏がケイ理事長の申請を知らなかったのは、まるで不思議ではないし、それぞれの立場を尊重して、プライベートな時間にそれぞれの仕事を話をしないことも、腹心の友と言えるのじゃないだろうか。関係ないが、最近、エイチ幹事長代行が死んだ。

「エム学園め……」

ケイ理事長のことを頭に思い浮かべていると、思い出したくない、穢らわしい詐欺師のことが頭によぎった。そんなつもりはまるでなかったが、空腹を知らせる信号が、エイ氏の脳のネットワークになんらかの刺激を与えたのだろうか。昼食を待つ、空腹を楽しむ細やかな時間が邪魔されたことに、支持者から温厚と親しまれているエイ氏であったが、気持ちがイライラしたのであった。

今はもうなくなったのだが、エム学園のワイ元理事長とその妻は、保育園と幼稚園の補助金不正受給の詐欺容疑で、大阪地検特捜部に勾留されている。もうあれから三ヶ月にもなったらしい。ワイ元理事長は、未だに黙秘を続けているらしい。

ワイ元理事長は、エイ氏の妻に詐欺を働くような人物である。もっとも、今は容疑者の段階で詐欺罪が確定したわけじゃあないが、立法府の長であるエイ氏が「詐欺師」と言えば、それは詐欺罪と等しいものであろう。エイ氏は、そのように考えている。

「朕は国家なり」

それは、エイ氏の好きな言葉であるが、一国の総理大臣の妻を詐欺に巻き込もうとした罪は、厳罰に処されるべきであるし、それが容疑の段階であろうと三ヶ月でも半年でも、一年であろうと、日本国憲法が許す限り、勾留すべきである。エイ氏の心の中では、国家反逆罪や、総理大臣侮辱罪のような新たな刑罰が思い浮かんでいる。自分の歴史的使命リストに、それらを書き加えようとも考えたが、国難を突破した今は、些細なモノかもしれない。

ワイ元理事長は、勾留期限が過ぎたとしても、詐欺罪で刑務所に行くことになり、その後の人生は冷や飯を食べることになるだろう。エイ氏の妻に詐欺を持ちかけ、その後の意味不明な一〇〇万円の札束を持ち歩いてうろちょろして、国民を翻弄しつづけた罪は、とても大きい。国策捜査なんて批判の声もあるが、このような国家に反逆し、なお愛国者を語る者こそ、国策捜査すべきではないのか？エイ氏は、そのように考える。

気がつけば、エイ氏は、なんとなく持っていたボールペンを握りつぶしていた。空腹のイライラは、真剣な怒りにかき消され、支持者からは温厚と言われる気性のエイ氏であるが、その顔は上気し、額にはじんわりと汗をかいていた。エイ氏が額の汗をハンケチで拭おうとした時に、執務室のドアがノックされた。どうやら、昼食の出前が届いたらしい。岡持ちを持った絵に書いたような江戸っ子風の店員が執務室に入ってきた。

「へい、モリそばとカケそば、お待ちぃ」

エイ氏は、冷たいのと温かいのを一緒に食べるのが好きだ。交互に食べるらしい。