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中学校で不安だったこと「友達に関すること:クラス替えや小学校からの友達、部活の話題など」【ネットアンケートまとめ:11件】


中学校で不安・友達。

どうもニートです。私が中学校時代は、「ぼっち」なんて言葉はありませんでした。中1の時のことを思い出すと、同じ小学校の人が、そこそこいたので不安に思ったことは少ないですが、クラス替えの時とかは、ドキドキしたもんです。

ネットアンケートで、中学の時に不安だったことを聞いてみると、「友達」に関することも多かったです。そのまとめです。かつて中学生だった人の思い出を、今小学生の人や、中学生の人は、是非、読んでみてください。

他の小学校から来た人達と友達になれるかが心配だった

中学へ入学した当初、一番心配だったのは他の小学校から来る人達の事でした。
私が通っていた中学は、3つの小学校から生徒が集まってくるのですが、私の出身小学校以外の他の2校は【気性の荒い子が多い】という評判でした。どちらかといえばのんびりした性格の私にとって【友だちが出来るのかなあ。いじめられないかなあ】という心配事がありました。
しかし、ふたを開けてみるとその心配はありませんでした。確かに気性が激しく元気すぎる子もいましたが、私と同じように穏やかな子もたくさんいて、すぐに気の合う友達が出来ました。今から考えてみると当たり前なのですが、どんな学校にだって【元気な子】もいれば【のんびりした子】もいるはずです。無理をしなくても自然体でいれば、友達はきっとできるんだという事を学びました。
最初の頃の不安が消え去り、その後は他の小学校から来た人達といっぱい友達になり、楽しい中学生活を送る事が出来ました。

クラス替えによる友達関係の変化が不安でしたが、自分に自信がつくことで乗り越えられました。

私の通っていた中学校では、学年が変わるごとにクラス替えがありました。もともと、女子特有のグループ編成が苦手で、近くの席の子と何となく話をして過ごしてきました。それでも中学1年の頃は、仲良くしてくれる子ができ、3人でいつも過ごすようになりました。そこから、学年が上がり、クラスが変わると、仲が良かった子とはクラスが離れ、また1から関係を築くことになりました。しかし、ほとんどの子が部活に所属しているため、部活ごとのグループが出来上がっており、部活に所属していない私は仲良くなれるのか・馴染めるのか、とても不安でした。
最初のうちは、なかなか馴染めずにいましたが、1人だったからこそ、授業に集中し、勉強に取り組んでいたところ、成績が上がり、上位の成績を取るようになりました。その変化に伴って、周りから勉強を聞かれることが増え、自分に自信がつき、積極的に話をするようになり、新しい友達を作ることができました。努力をすれば必ず、不安を乗り越えることができると思いました。

一番仲の良かった友達と疎遠になるかもと不安だった

中学校の時に一番仲が良かった友達が、高校進学で違う高校に行くことになりました。
高校の方向も違うので全く接点がなくなる状態でした。
私はこの友達くらい仲よくできる友達が高校でできるか心配でした。
また、友達と疎遠になることが不安でした。
しかし、実際に高校に進学してから中学校のように毎日会うことはなくなりました。
ですが、学校が休みの日や試験週間で早く帰る時には家に遊びに行くようになりました。
以前は学校で会うことができるので家に遊びに行くことはほとんどありませんでしたが、
高校生になってからは家に泊まりに行ったりするようになり中学校の時とは違う楽しさが出て来ました。
高校でも友達もできましたし、楽しい生活を送っていたので良かったです。

みんなが何を考えているのかが気になりすぎて三年になるころにはほとんどしゃべることはなくなりました。

私は発達障害の影響で人とコミュニケーションをとることが保育園の頃から苦手でした。中学生になると小学校の頃とは違いみんなの感覚が複雑になってきて空気を読むことが難しくなってきました。いまでこそ障害に気づいてカウンセリングにいっていますが、その頃はなぜこんなに人が怖く感じるのかわかっていませんでした。

しかし中学の先生たちの考えは「人とコミュニケーションをとり自分から動く」だったのでわからないままみんなの輪に入っていきました。心のなかで人を避けていること、私の感じかたが一般とは違うので陰口を言われるようなになり、そのころからどんな風に思われているか気になり怖くなりました。

一年生の頃はそれでも言われた通りコミュニケーションをとろうとして今したが、二年生になると自分から関わることはなくなりました。そして三年生になったときにはみんなからも関わられることはなくなりました。少し辛く感じましたがそれよりも1人でいられることに安心したことを覚えています。いまでも必要最低限しか人とは関われないでいます。

中学校生活に馴染めるかどうか不安しかなかった

私が通った中学校は近隣の地区からも通学するマンモス校でした。
同じ小学校からも何人かは同じ中学校へあがりましたが、同じクラスになれる保証も無く 人見知りな私は不安しかありませんでした。
6クラスありましたが案の定、同じ小学校の友人は離れたクラスになってしまい入学式も不安でたまりませんでした。
学校生活が始まり前後左右の子とはそれなりに話せる様になっていきましたが、奥手な自分は自分から和の中に入る事ができませんでした。
好転したのは5月くらいからでした。
通っていた中学は部活動が活発で皆、部活に入る事が義務付けられてました。
同じクラスで同じ部活という共通点ができ、仲の良い友人ができました。
共通する何かを探し、仲良くしてもらえて中学校生活は楽しくなりました。

中学校に入学して「心の中学デビュー」をしました

子供時代と言える小学校時代を終え、大人への第一歩を踏み出すと言えるのが中学への入学です。
内面はまだまだ子供とは言え、小学校時代と比べて格段に社会との関わり方を考えなければならない事が増えてくると思います。
それがまず、友達作りだと言えるのではないでしょうか。
もちろん学生の本分は勉強ですが、社会に出て一番役に立つのは対人関係のスキルであると大人である今は思います。

私はもともとマイペースな引っ込み思案でいじめられっ子だったので、友達作りには不安しかありませんでした。
中1の時はがんばって出席番号の近い女の子グループに入りました。ほとんどの生徒が初対面の学校だったので、皆手探りで不安だったと思います。
でも、しばらくして、そんな「番号が近い」というだけの集まりは性格が違いすぎて上手くまとまらない…という事がわかってきます。
とうとうささいな一言をきっかけに、グループ内の数人が私を無視するようになりました。
小学生時代の自分だったら、ひどく落ち込んで「仲間に入れて欲しい」と嘆願した事でしょう。
しかし、その時私は「心の中学デビュー」をしたのです。

「高校デビュー」「大学デビュー」なんていう言葉がありますよね。一般的には服装等がガラッとかわって遊び慣れた雰囲気になることをさすと思います。
ですが、この言葉が含む意味はただそれだけではなく、「派手な服装や人間関係を手に入れる事によって、心の在り方を自発的に変えようとする努力」
と言えるのではないでしょうか?
その時の私は、服装こそ今までとかわらない真面目な中学生でしたが、「心の在り方を変えようとする努力」をしたのです。
無理矢理したというよりも、大人への階段のステップの一つとしてその強さを手に入れたのだと思います。
それは小学生時代にいじめられていたからこその経験による強さだったのかもしれません。
嘆いても何もかわらない、という事を私は知っていた。そしていじめられっ子だったという事を皆が知らない、という新しい環境にも恵まれた。
私はそのグループに執着せず、もっとさっぱりとつきあえるいくつかのグループをその時その時で渡り歩くようになりました。

何もわからない子供から、人とのつきあい方を考えて、自分の生きやすい道を探る大人の道へ。
それが私の「心の中学デビュー」でした。

ぼっちにならないように必死に友人作り

中学入学でもっとも不安だったのは、友人作りがうまくできるかということでした。何しろ同じ学校以外に違う学区からも生徒が集まるので、どんな人たちと同じクラスに入れられるかひやひやしながら入学式を迎えたものです。

案の定貼り出されたクラス分けを確認すると、どれも名前は知らない名前ばかり。そのことにちょっとショックを受けつつ教室に入りました。それでも何人かは同じ学校から来た人がいたので、当日はその人達と固まって過ごしたと思います。

でも同じ学校というだけで仲が良いというわけではなかったので、次の日からはいろんな人に声をかけて友人作りに励みました。幸いなことにすぐに同じ趣味の友人がみつかり、ぼっちになるという最悪のパターンは避けられたので良かったです。

女子の友人作りはけっこうシビアなので、ポツン状態になるとなかなか他の輪に入るのが難しくなります。小学校時代に経験してそれを知っていたので、自分はすぐに友人作りをしました。おかげで中学校生活は卒業するまで快適に過ごすことができたと思います。

中2のクラスメイトが苦手な人ばかりで不安でした。

中学2年生の始業式の日、クラス割りと担任の名前をみた瞬間、苦手な人たちと初めての男の先生が担任になったことで一気に不安が押し寄せました。
あまりの重圧に耐えきれず、私は保健室で休んでいました。それを担任から聞き付けた体育の女の先生が、保健室に駆けつけてくれて、「あんたが苦手だって言う人たちに、あんたの良い所を沢山見せてあげれば、きっと見直してくれるよ」と励まされ、みんなより遅れて始業式に向かいました。
最初はなかなかクラスに馴染めず、悪態をついていましたがそれでも構ってくるクラスメイトに気が付いたらあれよあれよと言う間に仲良くなって行き、女子に至っては苦手だって思った人とは良好な関係を築く事が出来て、不安は解消されました。
そして、体育祭では学年競技でトップランナーを勤めることになりましたが、上手いこと1位で逃げ切り、バトンを繋いでいき、うちのクラスが1位になり、クラスが1つにまとまりました。

友達からどのように見られているのか,思われているのか。

私は中学生の頃,友達にどのように見られているのか,また,思われているのかということがとても不安でした。この不安を抱えるようになったのは中学2年生の頃です。きっかけは部活動が終了した後,同じ部活の友達に「お前最近調子に乗ってね?」と言われたことがきっかけでした。

その一言が私にとってはとてもきつい言葉に感じてしまったのです。それまでは人目なんて全く気にせず生活をしていましたが,その一言がきっかけで周囲の目がとても気になるようになりました。評判も悪くとても荒れた中学校に通っていたものですから,不良もたくさんいました。

「不良からいちゃもんをつけられて暴力を振られたらどうしよう…。」「いつも接している友達に本当は嫌われていたらどうしよう…。」などと悩みは尽きず,誰にも相談できないまま中学校卒業まで過ごしました。今となればあの時誰かに相談しておけば良かったなあという思いをもっています。みなさんは同じような経験あるでしょうか?周りからしてみるとちっぽけな悩みじゃないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが,中学生の自分にとってはとてもしんどい経験でした。

喧嘩別れした親友との関係が不安でしたが、仲直り出来ました

小学生の頃から仲良かった親友と中学1年の時に些細なことがきっかけで喧嘩し、それから一言も話さなくなりました。2年生になってお互いクラスが変わったこともあり、仲直りするきっかけを作ることも出来ずまた1年が過ぎました。
廊下ですれ違ったり、帰り道ですれ違うこともあったのですがなかなか声も掛けづらく、仲直りしたいけど勇気が出ませんでした。そして、仲直りすることなく卒業しました。
それからも高校の通学時に駅ですれ違うこともありましたが、お互い目を合わさず避け続けていました。
しかし、成人式の日に偶然その子とまた再会し、「あの時はごめんね」となぜかお互い素直に謝ることが出来ました。仲直りしたかったけどお互い素直になれなかった中学時代が今では懐かしい思い出になり、たまにご飯を食べに行ったりするようになりました。ずっと心に引っかかっていたので、仲直り出来つ本当に良かったです。

友達との関係がギクシャクしないか不安でしたがうまくいきました。

いじめが多いと聞いていたのでいつか友達との関係がギクシャクしてしまうかもしれないとずっと不安に思っていました。まだ思春期に入りたてなので、ちょっとしたことでいじめに発展してしまったりとか、友達との関係が崩れてしまうケースも考えましたが結果は大丈夫でした。

とにかくマイナスな方向へと考えすぎていました。プラス思考になったきっかけは、友達に誘われて吹奏楽部に入ったことが良かったと思います。部活動では団結力が必要なので、気づいた時には自然と皆との絆が築くことが出来ていました。そこで、自分はこの場所には必要な存在であると確認出来たので安心して学校に通えました。友達とも毎日寄り道したりして良い関係で卒業することが出来ました。