大学院卒ニート、しやわせになりたい。

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知らない被害者の痛み、知らない加害者への憤りは何故だろう。

知ってしまったことで、苦しくなることはある。自分に関係があるかないか、今後、自分の人生の関係あるか、自分の住んでいる街にの近くか、遠くか。色んなことで、はかれる気がするのだけど、ずっと心の内をえぐられたような気持ち悪さがあった。

例えば、それがマンガや小説の中のできごとだったら、また違っただろう。例えば、その事件の被害者が成人女性だったら、感じ方も違っただろう。加害者が老人じゃなかったら違ったかも知れないし、覚醒剤が事件の中に存在してなかったら違ったかも知れない。

同じ国、同じ言葉を話す人々、同じ社会で起きたこと、憤り。人間が持つ悪の部分、凶暴性、獣性、倫理の破綻…人が悪行を行うことは知っていても、それらの想像の範囲を飛び越えていた…とも感じた。ただ、事件の内容が分かってしまえば、そのような悪が存在していることも分かる。

同時に思ったのは、非実在性少年とか、そういう議論がアホらしかったということ。勿論、因果関係が全くないとは言えないけど、マンガやアニメで完結できている間は、むしろ、人間は安全じゃないのか、と思えた。もちろんゼロではない。加害者の家を漁ったら、そういうのが出てくるかも知れない。

色んなことを以下のニュースを読んで考えた。


最終的にわかったのは、この加害者の犯行動機、欲望というものが、私が持っているそれの延長線上、じゃなくても、少なくとも同じ線上にあるかもしれないことが、内面をえぐられたのかも知れない。もちろん、実在の人をどうこうじゃなくて、少なくとも加害者と同性というレベルで。

きっと似たようなことは過去にもあったのだろうし、今も起きているかも知れないし、これからも起きるのかも知れない。何ができるかどうか分からないけど、日本人全体の理性を底上げしていくしかないのかも知れない。また、被害者が出ないように『守る』ことも考えていかないといけない。

無理なのかも知れないけど、人も、社会も完成からは程遠いと思った。