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大学院卒ニート、しやわせになりたい。

働かないで、アフィリエイトとか、ユーチューバーで幸せになりたいです。

漫画の感想におけるリアルとリアリティに関して。

マンガ 雑記

以下の漫画と、その反応を読んで考えたことです。

うつくしい子ども (第68回ちばてつや賞入選)/春田りょう うつくしい子ども - モーニング・アフタヌーン・イブニング合同Webコミックサイト モアイ


講評の中に「リアル」も「リアリティ」も登場しているのですが、私なりの解釈を書いてみます。

リアル。

作品の設定などがどうであれ、漫画作品は絵で世界が描かれるので、「リアル」と言った時に、必ずしもノンフィクションの設定であったり、実話を元にした作品でないといけないか?と言えば、そうではないと思う。ただ、時代設定が現代で、身近に起こりうる事柄が描かれ、それを現実世界の延長であるような共感を得れた時に、「リアル」と言えるのじゃないかと思う。

そういう意味では、キャラクターが写実的でなくても、「リアル」は生まれると思う。「うつくしい子ども」で考えると、漫画的演出、ストーリー展開上の都合の部分があれど、その内容から現実の何かを連想したり、読者の心に生まれるものが、「リアル」なんじゃないか?と思う。

リアリティ。

「リアル」に対して、「リアリティ」は、少し柔軟性を持つと思う。全くもって、私の解釈だが、現実世界とは違う世界、ファンタジー作品においても、「リアリティ」は生まれるのじゃないか?と考える。本来の言葉の意味とは外れるが、漫画作品はフィクションであったとしても、作者が込めた思い、考えが作品に投影され、そこに読者との共感が生まれることも、リアリティなのじゃないか?と思う。

作り手の思いとは、直接的に描かれないこともあるので、難しい部分はあるが、「うつくしい子ども」においては、物語から感じる作者の魂の叫びのようなものが、私の中では「リアリティ」と感じた。

ネットの反応を見ていると、「このように意思の強い女の子は現実社会には少ない≒リアリティがない」という意見もあったが、少し視点を変えて、物語や登場人物、それらを構成する言葉、線の一つ一つから感じる何かが、自分の内面にどう影響するか?を考えて、そこに「リアリティ」と呼べるものがあるかもしれないことを、感じてみて欲しい。

この文章は、ただ、そのことを伝えたくて書いた。漫画を読むことは、時に読者の内面や、作者との共感も大きく作用するから難しく、そして、楽しい。