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炎上したブレンディのCMは女の子(夏居瑠奈)を牛に擬人化しからじゃないかと冷静に、時に情熱的に考える。

夏居瑠奈さん。

PROTO STAR 夏居瑠奈 vol.3

絶賛、話題中の以下のエントリを読んで考えました。

mistclast.hatenablog.com


こちらのエントリでは「風刺」としてとらえられている部分があるのですが、私は風刺とは思いませんでした。最初から「牛を擬人化したおもしろ映像」なんだな、と思ってましたが、多くの人が気持ち悪さを感じるのも分かります。

結論を先に書いておくと、乳牛を女の子を使って擬人化した時点で、アウトだったのじゃないか?と思います。

牛の擬人化の徹底されてなさ。

擬人化の中途半端さ。物語風にする必要があるので、徹底できないのは仕方ないですが、ネットの反応を読んでいると、畜産業においては、生まれた時から行き先(進路)が決まっているから、リアルじゃあない…という声もありました。

楽しそうな学園生活は、放牧などをイメージさせるのかもしれませんが、深夜に泣きながら電話をかける牛はいないので、牛の擬人化のはずが、人間社会を家畜で表している…という感想がでるのも仕方ないかもしれません。

作中の生徒(牛)の行動を本来なら牛が行っていると考えると、製作者側は、人間で描かれている、牛の全ての実際の行動を説明できるのか?と思います。

肉牛の扱い。

このCMを見て、一番怒って良いのは食肉に関わる畜産業の人々だと思います。もしかしたら、生徒は歓喜の嗚咽なのかも知れませんが、学園の設定的には、主に食肉用以外の牛を育てている…という設定なのでしょうか?

おそらくブラックジョークの一つで、実際に、牛が屠殺されているのは事実なのでで、残酷さは感じなかったのですが、乳牛が主人公の物語において、死んでいく雄牛を描く必要はなかったのじゃないか?と思います。

肉牛の下りで不快感を感じたら、後半と、全ては悪い印象に裏返る可能性もあるのじゃないか?と思いました。

生徒(牛)も進路先の死を知っている。

進路先の「田中ビーフ」というのを聞いた時の、生徒の反応から察するに77番が卒業後に「死ぬ」ことを知っているのだと思います。牛の擬人化において、それがリアルなのかそうじゃないのか?は分からないですが、77番の末路を他の生徒(牛)も分かっているという部分に残酷さを感じました。

死ぬ可能性のある学校に娘を通わせている両親。

CMの中には主人公の乳牛の両親も出てきます。77番の進路を考えると、作中の牛において、地獄学園に通う以外の進路があるのか、ないのか分からないですが、主人公も乳牛の適正が著しく悪ければ、田中ビーフ送りになる可能性があったことを考えると、両親はどんな気持ちで通わせていたのだろうか?と思いました。

そして、式場で77番の両親は、どんな気持ちでいたのだろうか?泣き崩れている可能性もありそう。

乳牛の擬人化。

薄いとか、濃いとか、露骨な単語もあるけれど、そもそも女性を使って、雌牛、乳牛を表現するのがアウトだったのじゃないか?と。例えば、実際の女性をホルスタインと言ってみたり、男のことを馬と言ってみたり、人間を家畜に喩えることは、日常的に行われていると思います。

そして、それらの性的な意味は、牛を擬人化させた時も、表裏一体として現れて、最後の校長の台詞もそれらを狙っているのであれば、嫌悪感を持たれるのは仕方ないのかな?と思いました。

この「嫌悪」にどのような説明を加えるかは、その人の背景によるかもしれません。リアルな感覚として、女性がどのように感じるかは、男の私は分かりません。仮に、進路先の一つに「種牛」とかがあって、その生徒役を加藤鷹さんが演じていたりするのを想像してみると、あまり、気持ちの良いものではない…と思いました。

まとめ。

例のCMの中には、肉牛という本来必要のないブラックジョークと、乳牛を女性を使って擬人化、という2点から嫌悪感が生まれて、そこに色々な意見が加えられているのじゃないか?と思いました。

人間が牛を演じる時点で、牛乳が人乳(じんにゅう)に連想して気持ち悪いって意見もありましたので、擬人化という表現は難しいと思いました。

余談・校長やトレーナーは鼻輪をしていない。

一つの見どころとして。ユーチューブの動画で、細部が不鮮明だけど、鼻輪をしてない人は人間という扱いのようだ。生徒の中に、鼻輪してない人が混じっていたら、最高のブラックジョークだと思いましたが、確認はできていません。そんなネタは仕込まれてないと思いますが。

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