大学院卒ニート、しやわせになりたい。

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ブログ記事に怒りを込める時は罵倒せず静かに…吉田君(´・ω・`)のドラマツルギー(´・ω・`)。

この記事には吉田君(´・ω・`)が度々出現しますが、無視して下さい(´・ω・`)。


もう現象という意味でのブームは下火になっているが、野球を特集したページに、心ないはてなブックマークコメントがついたことで、多くのはてなブログで怒りの言及がされていた(´・ω・`)。あえて「心ない」という表現を使ったが、書いた本人には強い意思があったのかも知れない(´・ω・`)。ただ、それ以外のブコメを読んでいても、あえて強い表現を使うが「常軌を逸している」と感じることが度々あるので、氏の心の中は、私の物差しでは測りきれないくらい、暗く、そして深いのかも知れない(´・ω・`)。

実際のところ、はてなに通報がされて、その後の差別的意味合いを含めてコメントがされている事実を対象のページに通報されたかは知らない(´・ω・`)。問題意識があるならば、やってもよいだろうし、ただ、はてなの中で完結しないから、それ相応の覚悟が必要だと思う(´・ω・`)。


それよりも気になっていたのは、同じ問題を言及していた記事を読んで思ったことだ(´・ω・`)。全ての記事がそうではなく、私の読んだ範囲では2つの記事くらいなのだが、書いたブロガーの怒りは分かるが、あまりに言葉遣いが苛烈であることだ(´・ω・`)。もう、罵倒と言っても良いかも知れない(´・ω・`)。ブログに書かれる文字、文章は捉え方はそれぞれで、私の認識では「心の声」か「話し言葉」が近いと思っている(´・ω・`)。この文章は、心の声が近い(´・ω・`)。苛烈な言葉が使われるのは、それだけ、書き手の心に深く突き刺さる問題だからだと思う(´・ω・`)。それらは理解できるのだが、同時に思ったのは(´・ω・`)。


『ブログ記事に怒りを込める時は罵倒せず静かに(´・ω・`)。』


ということだった(´・ω・`)。乱暴な言葉を仕えば、それだけ怒りは伝わると思う(´・ω・`)。しかし、それらの文章表現は長じて『罵倒芸』などとも言われる(´・ω・`)。また、荒い文章は自然と煽情的となり、読み手を煽る(´・ω・`)。もしかしたら、同じ問題意識を持つ人の気持も荒げて、共感とは反対の感情が生まれるかも知れない(´・ω・`)。書き手の怒りが通じないかも知れない(´・ω・`)。それは、本当に大事なモノを失っているかも知れない(´・ω・`)。

私も、はてなブックマークコメントや、ツイッターでの短文の投稿の場合、感情的になることもあったりするが、本当に怒った時は、冷静に、そして、静かに文章を書きたい(´・ω・`)。苛烈な表現を使わなくても、静かな文章に込められた『怒り』は、きっと共感できると思っている(´・ω・`)。

静かな怒りの文章では伝わらないかも知れない(´・ω・`)。だが、荒い文章を書けば、共感から遠のく(´・ω・`)。あまり好きな表現ではないのだが『自戒の意味を込めて』この文章を書いた(´・ω・`)。もう過ぎ去ろうとしているけど、また、別の怒りがインターネットに噴出した時に、この記事を読んだ人は、思い出してほしい(´・ω・`)。