大学院卒ニート、しやわせになりたい。

働かないで、アフィリエイトとか、ユーチューバーで幸せになりたいです。

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とある少女の同一サイトの大量はてなブックマークスパム。

今までの人生でお金に困ったことは一度もなかった。ただ、愛に飢えていた。そして、一般的に見れば恵まれているからかも知れないが、承認欲求にも飢えていた。65歳で父親は早々にリタイアを決め込み、いくつかのマンションやアパートと、父親が趣味でやっていたジャズ・バーを引き継いだ。もともと愛想がよくなかったのと、常連もわずかだったので、ほとんど客は来ない店となった。ただ一人の少女をのぞいて。

僕の日常と言えば、マンションやアパートの管理と、家賃収入のあれこれがメインで、それは月のうちの数日で終了する。両親は、変なところがケチだったので、管理に多分に関わっていたが、僕はほとんどを管理会社に丸投げした。その分、実入りは減ってしまうが、僕一人が生きていくのに十分あまりある収入と、このジャズ・バーを維持していくには十分だった。このジャズ・バーだってお金に苦しくなったら売り払えばいいと思っていた。ただ、一人の少女が、あの日やってくるまでは……。


僕は学生時代から趣味で小説を書いていた。就職したら、その趣味を本業とは言えなくても副業にできるくらいにしたい、生涯のうちで一冊の本を出版したい、そんなことを考えていた。ちょうど、就職が決まった時に、両親からリタイアのことを聞かされ、決まりかけていた就職も辞退して、今のこの生活に入った。その選択は間違ってなかったと思う。実際に、同じ世代の人間が懸命に働いても稼げないであろう金額を毎月受け取っているし、自由にできる時間もかなり多かった。

ジャズ・バーの店番をしながら、多くの本を読み、そして、小説賞という小説賞に投稿した。厳しい世界だとはわかっていたが、箸にも棒にもかからない日々が、3年ほど続いた頃、僕はブログというモノを始めてみた。勿論、小説賞は未発表作品が条件になっているから、投稿するような長編小説はブログには書けないが、アイデアの断片であるとか、ボツにしたネタとか、時々、日記を書いたり、写真などを掲載するようにしていた。

ただ、なんらかの手ごたえが欲しかった。それが、承認欲求という言葉で表されるのは、ここはてなブログで知ったことだった。安定しているけど、刺激のない日々。満たされているけど飢えている日常。それに刺激が欲しかった。面白いことに、はてなでははてなスターであるとか、はてなブックマークであるとか、リアクションを通知して、数値で表す仕組みがある。お題なるものに興味はなかったが、小説の断片やアイデア、自分の考えなどを投稿すると、はてなスターがついたりするのは嬉しかった。

……嬉しかったのだが、定期的にスターをくれるいくつかのアカウントが、いわゆるミクシィの足跡機能バラまきのようにスターをバラ撒きを行っていることに気付いてしまうと、このIDは本当に読んでくれているのだろうか?という猜疑心が生まれてしまい、スターでは満たされない自分に気付いてしまった。ブックマークが欲しい、これはすごいタグが欲しい、あとで読まれて欲しい、いつしか投稿用のネタまでブログ記事にしてしまっていた。


しかし、望んだモノは手に入らず、また望んだからこそ遠く思え、ブログを始める前よりも、より飢えが強くなったように思えた頃、とある少女が、このジャズ・バー『和炉須』にやってきた。父の代は炉端焼きのようなこともやっていたが、僕の代になって廃れさせてしまった。

「あの、ここ『小説家志望のアラサーブログ~いつかここから』ブログのIDハルマキ_オイシイさんのお店ですよね?」

この店に相応しくない客の闖入に狼狽える僕を前にして少女は言った。ハンドルネーム泡美ミルク、11歳。彼女が僕の前に現れてから、僕の日常は大きく変わることになった。


詳しい話を聞いてみると、彼女も最近はてブロ(彼女ははてなブログのことをそう言った)を始めたらしく、新着エントリの中で偶然僕のブログ記事を見つけたらしく、愛読してくれていたらしい。定期的にスターをくれるのは彼女だったのか……。少し申し訳ない気持ちになったが、そのことは彼女には言わなかった。また、彼女が実際にこの店にやってきたのは、僕が気まぐれに更新した写真日記、店の外観や中の様子を紹介した記事を読んだかららしい。ブログを読んでいる人とブロガーが同じ街に住んでいた。確率で言えばどれくらいなモノだろうか。ふと、話をふってみたたが、彼女はまだ確率という言葉を知らなかった。

なんだかんだで、定期的に彼女は店にやってくるようになった。「親に怒られるのじゃないか?」と聞いてみると、母親は夜の仕事をしているらしく、彼女が登校するちょっと前に家に帰ってくるらしい。父親の話は出なかった。それでも、世間体ということがあるから、近所のお兄さんに勉強を教えて貰っている……ということにしておいて貰った。一応、国語の教員免許を持っているし、母親に宛てた手紙も書いた。その手紙を母親が読んだかはどうかは分からないが、これは必要な線引きであり、けじめ、自制のようなモノだった。


と言っても、何か怪しいことがある訳でもなく。僕が日がな一日店の中でブログを書いたり、小説を書いたり、小説を読んだりしていると、いつの間にか店の中にやってきて、陽のあたる席にちょこんと座っている。そして、3DSを開いて彼女は彼女のインターネットをしていた。「Wifiゴチなってごめんね~。」と時々言う。彼女は、ほとんどブログを書く事はなくて、専ら人力検索が趣味みたいだけど、僕のブログは、ほぼ毎日読んでくれていて、スターをくれる。「今日も過疎ってますなぁ。」そんな軽いDisをつぶやきながらスターをつけてくれた。一時は、疎ましく思えた、泡をブクブク吐いているアワビのアイコンだが、つけている本人を目の前にしてみると、愛おしく思えてしまう。

ただ、きっと、僕らの距離感は、この時が一番心地よかった。ここで踏みとどまるべきだった。


だけど、僕は、ある日、誘惑に勝てなくなってしまった。もしも、彼女が2ブクマ目をつけてくれたら、僕の小説ブログも何かが変わるかも知れない。彼女は「ユーザーの性格が悪そう」という理由ではてなブックマークは使用してなかったのだが、そこをお願いしたら、スターをつけるところをブックマークしてくれるようになった。本当は、ツイッター連携もして欲しかったのだけど、彼女はツイッターをやってなかった。流石にツイッターアカウントの開設まではお願いできなかった。

「しょうがないですなぁ。でも、もしも有名になったら珈琲をおごってよね?」

今でも珈琲、飲み物に限らず彼女には無料で出しているのだが、その言葉の意図を汲み取れなかった僕は、彼女よりも子どもだったのだろう。いや、女の子の方がませているのかも知れないが。ただ、ブックマークコメントで寄せられる、顔文字だらけの言葉は嬉しかった。結局、3ブクマ目はつくことはなかったが、スターとは違う充足感を得ることができた。



しばらくして、泡美ミルクは和炉須に現れなくなった。ある雨の日、僕はマンション管理の関係で珍しく外に出ていた。店に戻ると入口の前で彼女が立ち尽くしていた。慌てて、店の中に招き入れ、ありあわせのタオルを渡して、彼女が好きなココアをいれようとした。彼女は雨に濡れながら泣いていた。3DSを握り締めて。ただ事じゃあないと思い近づくと、僕にしがみついてきた。そして、嗚咽に声が乗り、その内容が分かる。

「ねえ、私、スパムなの?何か悪いことしたの?なんで凍結されちゃうの?ねえ?私が悪いの?私はスパムなの?スパムなの?スパムなの……。」

腹の奥底に湧き上がった劣情のような感情は、すぐに冷えていった。そして、しがみついてきた彼女を抱き返すことも、声をかけることもできなかった。髪が乾き、ココアを飲み干すと、彼女は帰っていった。僕は、「あ」と「ご」が混じったような音を発したけど、その後は音にならず、声が続かなかった。それが彼女に会った最後の日だった。


泡美ミルクの全てのはてなアカウントは削除されていた。店にも来なくなった。彼女の家庭のことは分からない。彼女がインターネットで何を充足させていたかも分からない。ただ、もしも、それが唯一の充足だったのであれば、インターネットという大人の世界からの凍結という通知は……ぐるぐると考えても、答えは分からなかった。

僕はまた、泡をブクブク吐いているアワビのアイコンのスターが付くことを信じて、ブログ記事を書き続けているが、もうそれも疲れてしまった。自分のだらしのない欲望が、彼女を傷つけてしまった。もしも、もう一度会うことができたなら、せめて、言えなかった二つの言葉を彼女に伝えようと思う。ブログ記事でも、ブックマークコメントでもなく、声に発する言葉で。

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